メカニズムデザインとは

メカニズムデザインの雰囲気をつかむために, 以下のような事例を考えましょう.

常識的な方法として, 電話機は最も安い入札を選び, 最も安い入札をした電話会社がその入札した金額でサービスを提供することが 考えられます (この方法は第一価格秘密入札 と呼ばれます). 例えばA社が18セント, B社が20セント, C社が23セントの入札をした場合, A社が落札し, 18セントでサービスを提供します.

常識的に考えれば, これより良い方法はないと思われますが, この方法には若干の問題点があります. この方法を用いた場合, 電話会社にとって入札値をどう設定するかが 非常に難しい問題となります. 入札値は理想的には原価に対して適切な利潤を加え たものになるべきですが, 適切な利潤というものを決める方法がありません. 実際のところ, 電話会社は可能な限り利潤を増やしたいのですが, 落札できなくては利益が得られません.

電話会社にとって他社の入札値をなるべく正しく推定することは非常 に重要な課題となり, ダミーの顧客を使って他社の入札値を引き出そうとした り, 他社の入札をスパイするような行為が蔓延することが十分に予想され ます. 他社の入札値を読み間違えた場合, 例えばA社が誤って入札値を21セントまで 上げてしまった場合は, 本来最も安価にサービスが提供可能であった会社がサー ビスを供給しないことになり, 顧客にとっても損失となります.

では, このような状況を回避することは可能でしょうか? 以下のように価格の決定方法を変更することにより, この問題を回避することができます.

前述の例では, A社が落札することは変わらないのですが, 顧客の支払う金額は B社の提示した20セントとなります. この方法は第二価格秘密入札 もしくはビックレー入札 と呼ばれ, ノーベル経済学賞を受賞したウィリアム・ビックレー によって提案されたものです. 少し考えてみると,この方法を取った場合, 他社の入札値を察知することに意味がないことがわかります. 落札した場合に自分が受け取る金額は,他社の入札値によって決定されます. 自分の入札値は自分が落札できるかできないかには影響しますが, 落札した場合の支払額には影響しません.

おそらくこの方法は一見, 非常識に感じられるでしょう. 顧客の立場からは18セントの入札があるにも関わらず20セントを支払うのは納得 できないように感じられると思います. しかしながら, 実際にはこの方法を取った場合, 電話会社にとっては利潤を上 乗せしない, 原価ぎりぎりの価格を提示するのが最適な戦略となります (それでも利潤は得られることが保証されます). 最初の方法と二番目の方法では, 電話会社の提示する金額が異なってくるの です.

このような原価ぎりぎりの価格は, 最初の方法を とる限り, 決して電話会社からは引き出せない価格です. 実際, 収入同値定理により, 第二価格秘密入札での顧客の支払う額の期待値は, いくつかの仮定のもとで第一価格秘密入札と同じとなることが ビックレーにより証明されています.

長い間,ビックレー入札は,優れた理論的な性質を持つものの, 一般に広く用いられることはないと言われてきましたが,近年, キーワード広告 (keyword advertisement), 広告型検索エンジン (sponsored search) と呼ばれる事例で広く用いられるようになっています.

具体的には,広告主はサーチエンジン (googleやyahoo!) の キーワードに対して入札額を設定します. キーワードがユーザによって検索されると, 基本的には入札額の高い順に,検索結果とは別に,例えば画面の右側に広告が 提示されます (googleではclick-through-rateと呼ばれる,広告がユーザによって 読まれる確率の推定値を用いた調整が行われています). キーワード広告により,ターゲットを絞った効率的な広告が可能となっています. また,ユーザが広告のリンクをクリックした場合にのみ, 広告主はサーチエンジンに広告料を支払う(pay-per-click)ように なっています.

さて,ここで広告料をどのように設定すべきでしょうか? 初期のシステムでは,広告主は入札に等しい額を支払っていました (first-price).しかし,この場合,広告主にとっては 入札額の設定方法が難しくなります. このため,ダミーの検索を行って,入札額を動的に変化させる等の 行為が蔓延しました. 現在では,上からk番目の位置の広告 (スロット) を得た広告主は, k+1番目の広告の入札額に等しい額を払う方式 (一種のsecond-price) に 変更されています.これにより,広告主にとっては入札額を下げようとする 誘因が弱くなり,入札額の安定が得られています (厳密には単一の商品が 売られているのではなく,複数の微妙に質の異なる商品が売られているので, 単純に次の入札額を用いる現在の方式では,正直が最良の策にはならない 場合があります). 誰かが検索エンジンを用いるたびに入札が行われているのですから, 今やビックレー入札は, 世界中で最も頻繁に実行されているオークション方式と言えるでしょう.

このように複数の利己的な参加者が集団として意 思決定を行う場合,例えば,どの電話会社がサービスを提供するか, どの広告主の広告を提示するか等を決定する場合に, 不正行為の影響を受けない等の, なんらかの望ましい性質を満たすルールを設計することは メカニズムデザイン,制度設計と呼ばれ, 経済学,ゲーム理論の一分野として活発な研究が行われています.

このように,インターネットの利用により低コストで大規模なオークションが実行 可能となった反面, 不特定多数の人々が参加可能であることから, オークショ ン方式 (プロトコル) の設計にあたっては,プロトコルの安定性, 様々な不正行為に対する頑健性, オークションの結果に関するなんらかの 理論的な裏付け等が重要となるものと考えられます. 我々は,一人の入札者が,複数のメールアドレス等を用いて 入札を行う架空名義入札と呼ばれる不正行為に着目して研究を 行っています.

私の著書 オークション理論の基礎 では,このようなオークションの理論に代表される メカニズムデザインに関する話題を取り扱っています.
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